運営/管理担当 HIRO 自己紹介

お初の方も、お馴染みの方も

SOUNDSTONEのHPへようこそ♪
本日は
運営/管理担当のHIRO の私から、自己紹介をさせていただきます。
去年からこのSOUNDSTONEの運営/管理担当として任を承りました。
もともと音楽は嫌いではありませんが、楽譜が読めるわけでもなく、また好きな歌手がいるわけでもない私は、幼少の頃からどちらかと言えばクラシック、JAZZ、ワルツなどが大好きでした。
なのに、なぜか昔から音楽に囲まれている不思議な環境で仕事をするんですよねー。(不思議です。)

そんな私の思い出深い「音楽」を今日はひとつ皆さんにシェアしてみますね。

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あれは、中学生の頃です。
私は、音楽の先生に恋をしていました。

可愛らしい丸い顔で、眼鏡が特徴的な…どちらかと言うとどこかオタクのようなイメージのある女性でした。

私は彼女と話がしたくなり、1日置きに音楽室を通うようになります。
吹奏楽クラブでもないのに…

当時私は、俳句クラブに所属していました。
部活は剣道部。

まだ中学に入りたての頃のことです。

私は音楽室に通うために、いいえ、彼女に会うために、1日置きに音楽室にあるクラシックのレコードを借りて帰っては聴いていたんです。

レコードのジャケットには作家の簡単な紹介と作品の内容が書いてありました。
私はそれを丁寧に読みながら、毎回音楽室で彼女と話すのがまるで日課のように楽しくて仕方なかったのです。

でも、それはそう長く続きませんでした。

毎日のように女性教諭が一人でいる音楽室に出入りする男子生徒の話は、すぐに話題になりました。
成績もそんなに目立たない上に、音楽クラブでもない生徒が何の用事で毎日出入りするのか?と彼女は職員会議で難詰されたそうです。

そんなことを知る由もない私は、ある日の授業中突然、先生にみんなの前に呼び出され殴られたのを覚えています。
些細な音楽の問題に答えられず、隣りの男子としゃべっていたのを叱られたのですが、衝撃的でした。
(こんなことで…?!)
悔しさより、先生に対する疑問の方が大きかったのを覚えています。
(どうしたんだろう?何があったんだろう?)
そのあと、授業の後残るよう言われた私に、二人きりになったところで先生は泣きながら謝ってきました。

それから少しづつ、音楽室は私の人生から遠のいて行きました。

中学を卒業して、高校へ入ると、私は初めてレコードではなく、CDプレイヤーを購入しました。
その時、人生で最初に買ったCDを、私は今でも持っています。

ヘルベルト・フォン・カラヤン
ホルスト: 組曲「惑星」

最初に買うのはカラヤンと決めていました。
小学2年生の時、初めて読んだ歴史の偉人物語(まんが)で私の人生にもっともインパクトを与えた人物だったからです。

その彼の指揮した作品の中でも、壮大で且つ重厚な音楽に、とっても憧れました。

音楽室で「惑星」のレコードを取ったときの思い出は、ふしぎなものでした。

「先生、作曲家の殆どがヨーロッパで誕生しているの中で、イギリスの作曲家ってとても珍しいよね。この人のこと、もっと教えて…」

最初の楽曲「火星-戦争の神」(副題:戦争をもたらす者)が作られたのは、1914年、第1次世界大戦が勃発した年のことです。

作曲家ホルスト本人は、戦争と作品の因果関係について否定していますが、当時彼自身が夢中になっていたサンスクリット語と占星術から、自身の手がける作品が皮肉にも歴史と符合したことは返って彼に、運命を感じさせたかもしれません。

イギリスの歴史を辿ると、ホルストの前後、音楽家が育つような環境に国がなかったことがよく分かります。

しかし、イギリスに作曲家が居ないと言うのは間違いです。
私たちが知るような作曲家は少ないかも知れませんが、グスターヴ・ホルストの他にも、サー・エドワード・ウィリアム・エルガーや、ベンジャミン・ブリテンなど有名な作曲家も数多くいます。

私は、ほとんどの学生たちが周りで同級生に恋をする中学校生活の中で、教師に恋している自分がちょうど戦火の中、音楽などに見向きもしない社会にあって懸命に作曲活動に傾倒したグスターヴ・ホルストの姿に、一人自分を重ねようとして居たのかもしれません。

間もなく…私にとっての第1次世界大戦(高校受験)が始まろうとする中で、私の彼女への特別な想いは音楽室への道のりと共に静かに消え去って行きます。

それでも、時折…ふと思い出すんです。

私にとっての音楽との出会いは、間違いなく彼女だった…と

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みなさんの音楽の思い出をお聞かせください。

お店で会う時に、ぜひ…

SOUNDSTONEで音楽とお酒をご用意してお待ちしています。

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